走ってるというか止まってる

ハローワークの面談に行く日だった。今日は軽く求人を見てみようということで、障害者枠採用の求人を眺めてみたら案外数があって、職種的にも悪くない感じの並びだったので、ほんの少しだけホッとした。結果を踏まえてカウンセリング的にそのあと話す流れになったけれど、今日も目を上手く合わせないどころか、今までも一番くらいに会話が出来なくて、マジで自分で自分に腹が立って、イライラして、どうにかなってしまいたくなる瞬間があった。僕と知り合いだったり話したことある人は、あるいは想像できないかもしれないけれど、本当に今、知り合い以外というか、社会的な場面で会話をするのが難しくなってきている。人が怖くて怖くて仕方が無い、自分に自信が無くて、価値を見出せなくて、その“自分”が言葉を発するということへの抵抗が物凄い。これ以上ダメに思われたくない、可愛そうって思われたくない、自分が例え何を言っても価値の無い言葉しか生まれてこない。そんな思いが延々と頭の中を回って、結果沈黙を突っ走ってしまう。10分は余裕で黙ってしまう。これを指して場面緘黙というのなら、確かにそうなのかもしれないと思う。精神科でも、この窓口でも、誰に助けを求めることが出来なくなってきている気がして、絶望して帰り道、カラオケ屋に飛び込んで2時間歌った。昔辛いときに聴きまくった青春パンクを歌いまくった。175R太陽族ガガガSPSABOTEN、SHACHI、イナズマ戦隊、マスミサイル。歌っている間だけ、呼吸が出来る気がした。ここを出たらまた欠陥品の自分に戻ることも分かっていた、でも歌った。歌っているときだけは何も感じないでいられた。こんな自分に歌われる曲たちに申し訳無かった、でも歌った。店を出たら欠陥品の自分がそこに居た、生きていける気がしないという気持ちと共に居た。生きていける気がしなかった。肉を買って、肉を焼いて食べた。今日は通話の予定もなく、一人の部屋に一人だった。死にたくないけれど、生きていけるとも思えない。それはもしかしたら同じ場所にある感情かもしれなかった。昔、精神的にしんどいときにカラオケでロードオブメジャーの雑走のPV見たらいつの間にか泣いていたことがある。今日は歌わなかったけれど、今見たら泣いてしまうかもしれない。泣いてしまわないくらいには、現状を良くしたい。歌に寄りかかっている場合ではないのだから。猶予期間は、もう無いのだから。

 


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