特別な夜のこと

大喜利渋谷杯当日、大会は夜からだったけれど昼に渋谷に赴き、宇多川さんと羊狩りさんと3人でカラオケでサイファーをやった。いつも爪とぎサイファーに参加して貰っている宇多川さんが来るからせっかくならと企画したんだけれど、久々にカラオケの場でサイファーしたの懐かしくて良かった。そもそも、数年前にカラオケで大喜利半分の感じでサイファーしたのが爪とぎサイファーの始まりであり、それ以来の感じだったから感慨深い。そのときは、数年後に毎週サイファーやる日常が来るとは思っていなかった。雑談しながらのゆるい感じながら、3時間程度ラップしたあと、3人で会場の東京カルチャーカルチャーに向かった。かなりオシャレな街並みの一角にあるカルカルこと東京カルチャーカルチャーは、およそ大喜利を行われる場所とは思えず、少し物怖じしてしまった。会場に入ると、共に出場する大喜利の人たちがいたので、緊張を解すために雑談に興じた。一体今日が何がここで起こるのか、全然想像がつかなかった。主催の寺田寛明さんの説明が終わり、再び雑談をしながら待っていると開場時間になり、緊張感がまたやってきた。多少譲渡が出たものの、チケットは完売するくらいの客入りで凄かった。自分は2番目のブロックだったので最初を見ることができるのだけは良かった。いきなりこの会場で大喜利する自信は無い。本選の芸人さんの入ったブロックはともかく、予選の素人だらけのブロックでどれ程の反応があるのかが不安材料だったけれど、これが最初のブロックからかなりウケていて、まず驚いた。めちゃくちゃ、空気が暖かかった。大丈夫そうか?とやっと安心しつつ自分の出番に臨み、いざ席に着いてみると、目の前一列、お客さんの姿が目に入って一瞬だけ日和ったが、もうやるしかない。お題が出て、周りがいきなりウケているのを感じつつやや考えて、それからの1答目、これがめっちゃくちゃウケた。ベタな表現だけれど、爆風を感じるくらいウケた。何か信じられなくて、驚きを顔に出しそうになるのを思わずこらえた。この大会で、この会場で、自分がこんなにウケてるのが、やっぱり信じられなかった。本当に、あの光景を自分は今後忘れられない気がする。そのくらいの衝撃があった。それ以降も、たまに外しながらもちょくちょくウケていったけれど、ただ周りもドカンドカンとウケていて、勝ったかと言われればかなり微妙な感じで、終わったあと同じブロックの人と話したら「誰誰が行った」「いや、誰誰こそ行った」と完全に藪の中状態になって面白かった。もちろん勝ててたら嬉しいけれど、今日ここでウケただけで少しの満足感はあった。予選は順調に進んで行って、誇張無しでどこも跳ねてたし、大きい笑いが起きるときは確かに風が起こるくらいの盛り上がりで凄かった。イベントとして見たら、一番計算が出来ないであろう部分でこれだけ跳ねているのだから、かなり成功のような気すらした。全ブロックが終わり、結果発表が行われた。上位2名が通過のところ、僕は3位で敗退だった。抜けたのは六角電波さんと冬の鬼さんという、生大喜利の歴が近く、これまで何度となく競って来た2人であり、今日のこの大舞台で3人で闘えたことは、負けはしたものの凄い個人的にグッと来る事実に思えて良かった。そのまま他のブロックの勝ち上がりを見守り、最後、敗者復活として寺田さんとゲストのモグライダー芝さんが1人ずつ追加で勝ち上がる人が発表された。全体としても次点くらいの票が入っていたから、僅かな期待を持って見ていたら、何とモグライダー芝さんの枠での勝ち上がりが発表されて、ちょっと信じられないくらい嬉しかった。実際、芝さん的にはただ次点を選んだ可能性があるとは思っているけれど、事実として「モグライダー芝さんに選んでもらった」ことには違いなく、これから先、というかもうバリバリに売れてこういう場に出てくることも無くなるだろう芝さんから何か貰うことなどほぼほぼ一生無いことだろうから、本当に、これは本当の本当に、自慢していきたい“お土産”を貰うことが出来て、やっぱり何度振り返っても、信じられないくらい嬉しいことだった。全然泣いてもおかしくなかった。久々に、大喜利やってて良かったと心から思えた。ただ本選は、言ってしまうと全くダメダメで、同じく予選から上がったぺるともさんや、プロの立場で迎え撃っていた警備員さんにボコボコにされてしまったし、他にも同じブロックでやっていたきしたかのの高野さんやガクヅケの木田さんが面白過ぎて、笑っていたら終わっていたくらいの情けない出来ではあったけれど、逆に、明確にこのあたりの「壁」を肌で感じることが出来て、いつかこれを自分の回答でぶち壊すという「夢」を抱くことが出来たのは良かったと思う。全然悔しいけれど、今はこれくらいしか出来ないのだから、まあ仕方ない。大会はその後、本選も決勝も爆ウケし続けていた大久保八億さんが優勝して幕を閉じた。今こういう感じで言うとダサいけれど、大久保さんは生大喜利の最初から立ち会ってて、芸人になってからも割と特別な目線で見ているから、こうやってスポットライトを浴びているのは個人的も嬉しいので良かった。ぺるともさんも決勝でウケて準優勝だったし、同じく予選から上がった直泰さんもベスト回答に選ばれて、2人とも賞金を貰っていた。ウケだけ見れば当然の結果だけれど、これもよくよく考えたら、とてつもない出来事である。勝ち上がれなかった他の予選の人も本選で全員爪痕を残していたように思う。少しずつ、世界が変わってきての、地盤が動いてきての今、という感じがした。大会が終わっても、なんだかフワフワしていて、知り合いと感想を話しながら駅に向かい、電車に乗り、別れてからもまだフワフワしていた。牛丼とお酒を買い、家で食べて飲んだ。2本お酒を飲んだ。今日のことを今、夢と言われても疑わない気がした。限りなく夢に近いといっていい現実のような気がした。今日が終わって欲しくなくて、夜にずっと居たいとも思ったけれど、日付も変わり、なんてことはない、今日はとうのとうに終わっていた。あの回答席から感じた風が起こる瞬間、心が動いた一瞬。それだけを忘れないよう、いつかまた自分が感じられるよう、生きていきたい。明かりを落として瞳を閉じた瞬間、夜は瞬く間に終わった。