憂鬱とは名ばかりの

今週も土日が大喜利で埋まっている日で、今日はメランコリー会というFANさんの企画大喜利会に参加してきた。FANさんがとにかく好きなことをやるだけの、いわば大喜利を使った人体実験のような会で、毎回斬新で新鮮な企画ばかりを食らわせられるから楽しみにしていたのだけれど、今日の企画も、初っ端から大きい模造紙に回答を描く大喜利で始まって、その後も、休憩時間かと思ったら、その間にどこまで遠くまで行って帰って来られるかのチキンレースが始まった全然休憩じゃなかったり、良い意味で油断がずっとできない会で凄かった。20分くらいしかないのに、何人かが電車移動して戻って来てて、電車ガチ勢と呼ばれていて面白かった。その後大喜利高井戸杯という、この前の渋谷杯を基にした大会形式の企画が始まったんだけれど、普通の大喜利かと思ったら参加者一人一人の煽りV(大喜利の映像やその人の要素を使った映像、別日のメランコリー会に参加した人の応援コメント)が流れて、めちゃくちゃ会場が爆アガって最高だった。ちゃんとしたコメントから適当なものまで、コメントの質に差があって「ガチャじゃねえか」「頼む、自分の当たりであってくれ」と阿鼻叫喚が会場から起きたのも面白かった。大会のルールも、予選は加点だけど審査員がサンバイザーをつけて、面白かったら上げるんだけど、逆に跳ねなかったら下げて、全員が下がってる状態で満点を取るとデカい点数が入るという、何気に戦略性のあるルールで面白かったし、決勝は審査員が別室で相談して順位を決める、見たこと無い光景なのも凄かった。運よく審査員に選ばれたので、別室(会議室が用意してあった)で話し合って、そのあと審査コメントまで言うという贅沢な体験が出来てホントにあれは楽しかった。FANさんの企画は発想もそうだし、それを形にして実際に実現していることが本当に物凄いと思うし、だからこっちも全力で楽しめるのだと思う。余った時間では、すり身さんが面白ワード、逆につまらないワードを書いて競わせる持ち込み企画をやって、PATCHさんが面白ワードで最下位になったあとつまらないワードでウケて大喜利下手扱いされてたのが面白かった。ガチガチの会と正反対の、企画100の会で、ウケなきゃって気を張らずに楽しめて良かったけれど、もうちょっと企画のときに役割みたいな立ち回りができたらなってのもちょっと思った。僕は不器用で本当に大喜利だけしか出来ない、つまらない人間だから、こういうとき枠を潰していないか心配になる瞬間がある。この前のギャルさんの会とかでもそうだった。周りが何かやっているのに乗っかることばかりだから、自分から能動的に動ければいいんだろうなと思うけれど、まあ楽しかった会で反省しても仕方ないので、ただ楽しさを享受したとして終わることにする。会が終わって、打ち上げに行く日ともいたけれど、予定があったので早々に帰り、オリジン弁当で軽く晩飯を済ませたあと、スプレッドシート大喜利に参加した。3104さん主催のAIのべりすと大喜利会という、文章を入力すると、そこから先の分を生成してくれるAIにお題を作って貰う大喜利会で、普通にお題が完成することもあれば、全くお題になっていない(「犬」とか「お腹が減ったので、何か食べたいです」など)ものが出来たりして、カオスな大喜利が展開されてるのが他の会に全然無い感じで面白かった。お題がお題なので、回答者側がふざける流れも起こったのだけれど、大喜利の中で出来るだけふざけることはしないようにしている(1答を大事にしたいからで、ふざけることを否定しているわけじゃないです)ので、傍から見たら真面目というか地味というか、別にそれで正解って言うほどの強度を叩き出しているわけでもないから、結果どこにも刺さらない大喜利になってしまっているって、普段思っている課題が改めて浮き彫りになる形にもなった。そこそこウケていたは思うけれど、そこそこでしかない、とも言える。いつも言っているけど、誰かの心に残る大喜利をしたい。誰かの憧れになりたい、という憧れがずっとある。それこそ個性やスタイルを磨けばまだこれから無いわけでもない話だろうから、これは完全に諦めているわけではないけれど、当面は光を浴びることはないだろうし、折れずに地道にやっていくしかない。外で大喜利して、中で大喜利して、一日の疲れを最後にアイスで流し込んで、日曜日が終わった。来週こそ人生に進展がありますように。ローソクに吹く風は、日々強くなっていくばかりだ。