上を見ようじゃあないか

大喜利の友達数人と花見をしてきた。都内近郊の公園にて、ほとんど桜はもう散ってしまっていたけれど、桜は要は口実、青空の下で楽しく過ごせればってことで、緑の葉を見上げながら酒を飲み、代わりに談笑の花を咲かせた。正直最近、精神が落ち込んで自己肯定感が下に揺れ動いていくのを感じるばかりの毎日だったので、人と話すことはしんどさも伴う(こんな状態の自分に話す価値が無いと思ってしまうので)でもあったのだけれど、話して笑ってるうちにそれは薄れて、大喜利の昔話などをする頃には楽しい気持ちになれたので安堵した。4月に入って週末の天気が崩れてばかりだったので、本当に今日は天気が良くてよかったし、冗談抜きで心にも良かった。花見したあとは銭湯に行って、久々にデカいお風呂に体を沈めた。露天風呂から空を見上げたら、夕焼けに照らされた雲が茜色に染まって綺麗だった。あれは夕焼けが当たっているから綺麗なのか、雲自体の素質が美しさを作っているのか。そんなことを考えていたらまた暗い気持ちになった。風呂から上がって、気になっていた桜花賞の結果をチェックした。応援していた馬ソダシが、白毛の馬として世界初のG1制覇を無敗で成し遂げていた。桜の名前のついたレースを白馬が1着で駆け抜けるというのは、ちょっとファンタジーに過ぎる。そして、いつの間にか暗くなっていた道を歩き、電車に乗り、一人の現実に帰って日記を書いている。結局は一人の時間が闘う時間となる。5月中に就職が決まれば再就職手当が出るらしい。「残り時間」は刻一刻と、桜が散ったあとの地面に刻まれていく。